ドタバタ劇を繰り広げた「シャープ劇場」の幕が下りようとしている。「偶発債務」の発覚で契約が延びたが、シャープは週内にも台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業による買収契約を結び、鴻海の子会社となる見通しだ。この「身売り」に対する世間の総評は、概ね好意的である。
メディアの多くは、鴻海が急浮上した2月4日以降、事実関係を伝えるにとどまり、是非を論じていない。もっとも、それまでメディアは、国が大半を出資する産業革新機構による支援が確定的と報じ、国費投入の機構案に辛口だった。一転、4日以降、「鴻海で決定」と確定的な報道を繰り広げた手前、「あれもこれもダメ」とは言えないだろう。
世論も歓迎ムード。日本経済新聞電子版が読者に聞いたアンケートでは、外資による日本企業の買収に対し、61.6%が「歓迎する」と回答。ツイッターなどSNS(共有サイト)などでも、「島国根性を抜け出し、格上の外資傘下で学べばいい」「国が出てくるのがそもそもおかしい話。民間による支援は歓迎すべき」といった意見が目立っていた。
お国も同じ。林幹雄・経済産業相は今月4日の参院予算委員会で、「資金の出し手が外資かどうかではなく、最先端の研究開発が行われ、イノベーションが生まれることが重要」「シャープの成長、ひいては我が国の経済の活性化につながるよう期待する」などと語っている。
だが筆者は、こうした歓迎ムードに違和感を感じざるを得ない。シャープの外資への身売りは、「日本経済の衰退」や「日本の沈下」を象徴する出来事だと思っている。嘆き悲しむべき話なのではないか。
うわべの「独立」
この数カ月、「支援するのは産業革新機構か、鴻海か」という文脈でシャープ再建が語られていたが、鴻海による提案はあくまで「買収」である。シャープの「自主性」や「独立性」は失われた。
2月25日の取締役会で鴻海による買収提案を受け入れる決議をしたシャープ。その開示資料によると、鴻海による出資受け入れの結果、鴻海はシャープ株主総会での議決権の約66%を得る。来年以降、鴻海が持つ優先株が普通株となれば、その比率は約70%に高まる。
開示資料には、シャープ取締役の3分の2以上を鴻海が指名するともある。現在、シャープの取締役は13人いる。その数が維持されるとすれば、圧倒的多数の議決権を握った鴻海が6月のシャープ株主総会で9人以上を送り込むことになる。
すなわち、鴻海は子会社シャープの社長を自由に選べる。取締役も解任できる。来年以降は定款変更や他社への事業譲渡なども好きにできるようになるのだ。
それでもシャープは同じ開示資料で、「当社の経営につき、以下を含む力強いコミットメントが得られた」と誇らしげだ。以下とは、「経営の独立性」「当社及びその子会社の経営の独立性を維持・尊重」「従業員の雇用維持」「ブランド価値の重要性」「当社の技術の保持」などを指す。
しかし、前述のように、子会社シャープには何の権限もない。そもそも、「コミットメントが得られた」などと偉そうに言える立場にはない。当然、この開示資料は髙橋興三社長の承認のもと出されている。機構と鴻海から秋波を送られ、「選べる」立場となった結果、勘違いをして事の本質が見えなくなったのだろうか。
国の言うことも解せない。林経産相は「イノベーションが生まれることが重要」と言ったが、仮に鴻海傘下でイノベーションが生まれようと、それは鴻海の手柄であり、国際社会もそう評価するだろう。当然、収益も鴻海のもの。結果、日本の相対的地位や競争力は低下するだけだ。
日本にとって、何か良いことがあるならば、「シャープ」というブランドが残ることと、シャープの雇用が守られることくらい。だがそれは、機構案を選んでも同じことだった。
「日本を代表するIoTメーカー」目指した機構
機構は事業会社ではない。「次世代の国富を担う産業を創出する」ことを目的とした投資会社であり、支援案では一時的にシャープが機構傘下となっても、再建が終わる5~7年後には株を手放し、もとの独立したシャープに戻すとしていた。
機構がシャープ再建を支援することが確定的とされていた昨年末以降、メディアも、シャープ取締役の一部も、「シャープが機構によってバラバラに解体される」と踏んでいた節がある。機構が黙して語らなかったことが悪いのだが、実際は違った。
鴻海案の急浮上以降、機構はようやく真意を明らかにする。曰く「シャープがバラバラにされるのではなく、シャープを中核に各社から家電等の事業が集まり、将来的に日本を代表するIoT(モノのインターネット化)メーカーを目指す」。
シャープを窮地に追い込んだ諸悪の根源である液晶事業は分離し、機構傘下で再建中のジャパンディスプレイ(JDI)と統合させる計画だったが、それはシャープにとっても、願ったり叶ったり。鴻海傘下でも、シャープの液晶事業は、家電AV事業と切り離される命運にある。
当初は機構がシャープを支援する理由として「技術流出を防ぐ」云々が喧伝されていたが、それも内実は違う。国が介入するほどの技術などシャープは持ちあわせていないし、だからこそグローバル市場においてボロ負けしてきた。「解体」や「流出阻止」は断片的な側面に過ぎない。
機構の真意は1点、「国益を守る」ことだった。機構の役員やスタッフは、「日本の経済を強くする」「日本の産業を守る」という並々ならぬ思いを抱き、昨年末から膨大な書類と格闘しながら絵を描いてきた。だがシャープは、鴻海の子会社となることを選んだ。
グローバル化の時代、外資傘下で経営難を乗り切る道があってしかるべき、とする向きもある。確かに、マツダは米フォード・モーター、日産自動車は仏ルノーの出資を受け入れ、グローバルでの事業に磨きをかけた。といっても、フォードもルノーも鴻海によるシャープ子会社化ほど圧倒的に支配したわけではない。昨年にはフォードがマツダの全株式を売却。ルノーと日産は、真に対等な株式の持ち合い関係を模索中だ。
鴻海によるシャープ買収は、それとは次元の違う話として捉えるべきだろう。もはや鴻海の郭台銘会長を信じるしかないが、この先、シャープの雇用がどうなろうと従うしかない。「雇用を守る」としていた郭会長は既に、「40歳以上のリストラ」を匂わせている。子会社となれば、いかようにも好きに料理できる。
また、郭会長の辣腕によってシャープのブランドが磨かれようとも、それは台中の栄華を象徴するものとなるだろう。それどころか、投資開発が進み、鴻海傘下の有機EL事業が急成長したら、唯一のディスプレイ国産メーカーとなったJDIすら潰され、日本のディスプレイ産業は息の根を止められる可能性すらある。
韓国のサムスン電子が買われたら…
だがそれも、仕方のないことかもしれない。もはやシャープの経営陣に当事者能力はなかった。
13人いるシャープ取締役のうち、プロパーの取締役は髙橋社長以下、4人のみ。一方、金融機関系の取締役は7人。中立的な立場は2人。多勢に無勢で、銀行に生殺与奪を握られていた髙橋社長は、特にこの1カ月、「どっちつかずの操り人形と化していた」(関係者)という。
鴻海案を強行に推したのは、シャープの主力取引銀行で多額の債権を持つみずほ銀行だったとされる。機構は、優先株の放棄など約3500億円の追加支援を主力行に求めていた。対して鴻海は、優先株を買い取り、追加支援は求めないという破格の条件を提示。みずほ銀行は鴻海とも大口の取り引きがあり、関係も深い。シャープを手に入れたい郭会長と利害が一致。みずほがシャープに送り込んだ社外取締役が中心となり、機構案を推す人間を駆逐していった。
国や機構の関係者は、「シャープは、国益ではなく私益を追う銀行に売られた」「銀行は売国奴だ」と悔しさをにじませる一方、「経営陣を見る限り、守るだけの価値もなかったということだろう」とも漏らす。
ともあれ、1912年に早川徳次が創業した日本企業は100年以上の歴史に終止符を打ち、外資に飲み込まれる。仮に、韓国のサムスン電子が鴻海に買われたら、韓国人は国中を挙げて嘆くだろう。そうはならないのは、やはりシャープにその価値はないということなのだろうか。