山本太郎を裏で操る斉藤まさしは政治活動家である。
れいわ新選組の大躍進は素晴らしいが冷静に判断すべき。
極左翼の政治団体の誕生だ。
ソースから
来歴[編集]
島根県邇摩郡五十猛村生まれ。
島根県立大田高等学校卒業。
1970年、上智大学外国語学部ロシア語学科に進学し、
在学中から学生運動に参加。
1971年の学生訪中団にも加わる。1972年に上智大から除籍処分を受けた。
1974年に新左翼系の学生運動団体「日本学生戦線」を、1979年には同じく新左翼系の「立志社」を設立した。
1983年、参議院議員の田英夫元社会民主連合代表や八代英太、
宇都宮徳馬らと政治団体「MPD・平和と民主運動」を立ち上げ
、1996年には市民の党を結成。市民の党は関東圏を中心に、地方議会に議員を送り込んでいる。
また斎藤の呼びかけにより、主に民主党から国政選挙に立候補した候補者の選挙支援が目的の、
市民の党から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」も立ち上げられている。
かつてはわしお会代表や、『わしお英一郎東京応援団』会計責任者を務めていた。
なお「市民の党」「わしお会」「わしお英一郎東京応援団」は所在地が同一で、会計責任者も同一人物が務めている
2015年5月26日、同年4月12日に行われた、静岡市長選挙を巡る公職選挙法違反で、
旧高田薬局創業者の妹の立候補のサポート役に徹したが、
その創業者らとともに静岡県警に逮捕された。
人物[編集]
田英夫の娘婿という週刊誌の記述をもとにした誤った情報が流通しているが、
親族から否定され、斉藤を田の娘婿と名指しした参議院予算委員会での、
自民党の礒崎陽輔、山谷えり子議員の質問箇所は議事録から削除された。
「斎藤まさし」の名前で各地の選挙運動を手がけて候補者を当選に導き、
「無党派選挙のプロ」等の評もある。
市民の党が勝手連的に応援し、
当選した候補者には中村敦夫(元参議院議員)、秋葉忠利(前広島市長)、堂本暁子(前千葉県知事)、
嘉田由紀子(前滋賀県知事)、川田悦子(元衆議院議員)、大河原雅子(衆議院議員)、
黒岩宇洋(衆議院議員、ただし市民の党が応援したのは参院選出馬時)、
宮崎岳志(前衆議院議員)、篠田昭(新潟市長)、山本太郎(参議院議員)、
喜納昌吉(元参議院議員)らがいる。
また元社会民主党所属で、
参議院議員を辞職して神奈川県知事選挙に立候補した田嶋陽子のサポートも行ったが、田嶋は松沢成文に敗れた。
菅直人が初当選した際の選挙も手伝っており、民主党議員約100人の選挙応援を行っている。
2004年、季刊誌「理戦」の対談記事で、
「僕は、革命のために選挙をやっている」「目的は革命なんだから、
最終的には中央権力を変えなければならない。
だけど革命派が強い拠点地域を作っていくことは重要です」と述べるなど、
社会主義・共産主義的な革命思想を掲げている。
「菅直人とは30年ぐらい前からの付き合い」と発言している。
日本人拉致事件については「解決する一番いい方法は日朝国交正常化だ」と述べている。
共産主義者同盟赤軍派に共感を示しており、
平成15年の雑誌の対談記事では「革命一筋。
この30年間他に何も考えたことはない」と述べ、自らを「レーニン主義者」と紹介した。
2011年4月に行われた第17回統一地方選挙の三鷹市議会議員選挙に、
代表を務める市民の党からよど号ハイジャック事件を起こしたよど号グループの元リーダー田宮高麿と、
石岡亨・松木薫を欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子の長男、
森大志が立候補しているが斎藤は市議選に擁立した背景について取材で「10年ほど前に北朝鮮に行き、
よど号の人間や娘たちと会った」「その中には(三鷹市議選に出馬した)長男の姉もいた」
「そうした縁もあって、長男が帰国してきてからつながりがあった」と述べている。
北朝鮮や田宮との関係について「救う会」会長の西岡力は
「酒井(斎藤まさし)代表がよど号犯やその子供らと会えたことは、
北朝鮮が酒井代表を同志と考えたか、
対日工作に利用できると判断して許可を出したことになる。
酒井や市民の党が北と密接な関係にあったのは明白だ」と批判している。
また枝野幸男内閣官房長官(当時)は、
斎藤がよど号ハイジャック事件の犯人との接触を認めたことについて
「そうした方を存じ上げないのでコメントしようがない。
私のところに情報は来ていない」と述べ、斎藤を対象とした調査についても「内閣官房としては直接の担当部局だと思っていない」
として官邸サイドが直接調査する考えがないという見解を表明しており、
枝野が斎藤と面識があるかを問われた際は「100人、1千人のパーティーで会っている可能性は否定しないが、
私自身、面識があるという認識はない」と答えている。
れいわ新選組の大躍進は素晴らしいが冷静に判断すべき。
極左翼の政治団体の誕生だ。
ソースから
来歴[編集]
島根県邇摩郡五十猛村生まれ。
島根県立大田高等学校卒業。
1970年、上智大学外国語学部ロシア語学科に進学し、
在学中から学生運動に参加。
1971年の学生訪中団にも加わる。1972年に上智大から除籍処分を受けた。
1974年に新左翼系の学生運動団体「日本学生戦線」を、1979年には同じく新左翼系の「立志社」を設立した。
1983年、参議院議員の田英夫元社会民主連合代表や八代英太、
宇都宮徳馬らと政治団体「MPD・平和と民主運動」を立ち上げ
、1996年には市民の党を結成。市民の党は関東圏を中心に、地方議会に議員を送り込んでいる。
また斎藤の呼びかけにより、主に民主党から国政選挙に立候補した候補者の選挙支援が目的の、
市民の党から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」も立ち上げられている。
かつてはわしお会代表や、『わしお英一郎東京応援団』会計責任者を務めていた。
なお「市民の党」「わしお会」「わしお英一郎東京応援団」は所在地が同一で、会計責任者も同一人物が務めている
2015年5月26日、同年4月12日に行われた、静岡市長選挙を巡る公職選挙法違反で、
旧高田薬局創業者の妹の立候補のサポート役に徹したが、
その創業者らとともに静岡県警に逮捕された。
人物[編集]
田英夫の娘婿という週刊誌の記述をもとにした誤った情報が流通しているが、
親族から否定され、斉藤を田の娘婿と名指しした参議院予算委員会での、
自民党の礒崎陽輔、山谷えり子議員の質問箇所は議事録から削除された。
「斎藤まさし」の名前で各地の選挙運動を手がけて候補者を当選に導き、
「無党派選挙のプロ」等の評もある。
市民の党が勝手連的に応援し、
当選した候補者には中村敦夫(元参議院議員)、秋葉忠利(前広島市長)、堂本暁子(前千葉県知事)、
嘉田由紀子(前滋賀県知事)、川田悦子(元衆議院議員)、大河原雅子(衆議院議員)、
黒岩宇洋(衆議院議員、ただし市民の党が応援したのは参院選出馬時)、
宮崎岳志(前衆議院議員)、篠田昭(新潟市長)、山本太郎(参議院議員)、
喜納昌吉(元参議院議員)らがいる。
また元社会民主党所属で、
参議院議員を辞職して神奈川県知事選挙に立候補した田嶋陽子のサポートも行ったが、田嶋は松沢成文に敗れた。
菅直人が初当選した際の選挙も手伝っており、民主党議員約100人の選挙応援を行っている。
2004年、季刊誌「理戦」の対談記事で、
「僕は、革命のために選挙をやっている」「目的は革命なんだから、
最終的には中央権力を変えなければならない。
だけど革命派が強い拠点地域を作っていくことは重要です」と述べるなど、
社会主義・共産主義的な革命思想を掲げている。
「菅直人とは30年ぐらい前からの付き合い」と発言している。
日本人拉致事件については「解決する一番いい方法は日朝国交正常化だ」と述べている。
共産主義者同盟赤軍派に共感を示しており、
平成15年の雑誌の対談記事では「革命一筋。
この30年間他に何も考えたことはない」と述べ、自らを「レーニン主義者」と紹介した。
2011年4月に行われた第17回統一地方選挙の三鷹市議会議員選挙に、
代表を務める市民の党からよど号ハイジャック事件を起こしたよど号グループの元リーダー田宮高麿と、
石岡亨・松木薫を欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子の長男、
森大志が立候補しているが斎藤は市議選に擁立した背景について取材で「10年ほど前に北朝鮮に行き、
よど号の人間や娘たちと会った」「その中には(三鷹市議選に出馬した)長男の姉もいた」
「そうした縁もあって、長男が帰国してきてからつながりがあった」と述べている。
北朝鮮や田宮との関係について「救う会」会長の西岡力は
「酒井(斎藤まさし)代表がよど号犯やその子供らと会えたことは、
北朝鮮が酒井代表を同志と考えたか、
対日工作に利用できると判断して許可を出したことになる。
酒井や市民の党が北と密接な関係にあったのは明白だ」と批判している。
また枝野幸男内閣官房長官(当時)は、
斎藤がよど号ハイジャック事件の犯人との接触を認めたことについて
「そうした方を存じ上げないのでコメントしようがない。
私のところに情報は来ていない」と述べ、斎藤を対象とした調査についても「内閣官房としては直接の担当部局だと思っていない」
として官邸サイドが直接調査する考えがないという見解を表明しており、
枝野が斎藤と面識があるかを問われた際は「100人、1千人のパーティーで会っている可能性は否定しないが、
私自身、面識があるという認識はない」と答えている。









